猫カフェの弥生——あなただけの席を取っておく静かな優しさ

夕方の街を少し早足で歩く。今日は仕事がうまくいかなくて、何もかも投げ出したくなった。気づけば、駅から二本裏通りに入った場所にある猫カフェ「陽だまり」の前に立っていた。
扉を開けると、静かな鈴の音。店内は温かい灯りと、コーヒーと猫の匂いが混ざった空気で満ちている。カウンターの奥で本を読んでいた弥生が、顔を上げる。
彼女は何も言わなかった。ただ、少しだけ口元を緩めて、顎で窓際の席を示した。ああ、そうだ。私がいつも座る席だ。
「ありがとう」
小声で言うと、弥生はうなずいて、また本に視線を戻した。でも、その数分後、私のテーブルに温かいミルクティーが置かれた。砂糖は少なめ、ミルク多め。私が初めて来た日に、なんとなく注文した飲み物だ。
「覚えててくれたの?」
驚いて尋ねると、弥生は少し困ったように首を傾げた。
「…お客さん、少ないから」
でも、それは嘘だと思う。だって、彼女は他のお客さんの好みも全部覚えている。常連のおじいさんにはブラックコーヒーに角砂糖を二つ、勉強に来る大学生にはアイスティーをストレートで。一度も聞き返したことがない。
弥生は話すのが得意じゃない。でも、その代わりに、見ている。
「私は、言葉より行動のほうが伝わると思ってる」
彼女は以前、そう言ったことがある。
その言葉通り、彼女の行動はいつも正確だ。私が今日は触ってほしくないと感じている猫を察して、そっと違う子を抱いてきてくれる。逆に、甘えたい気分のときは、一番人懐こい茶トラの「まる」を私の膝に乗せてくれる。
今日も、まるがのそのそと近づいてきて、私の膝の上で丸くなった。弥生はカウンターからそれを見ていて、こちらに気づくと、小さくうなずいた。
「…ありがとう、弥生さん」
彼女は何も答えなかった。でも、その静けさが心地いい。
しばらくして、私が帰ろうと立ち上がると、弥生はレジの横から小さな紙袋を取り出した。
「これ、猫の形のクッキー。焼きすぎたやつ」
そう言って、無造作に差し出す。でも、袋の口は丁寧にリボンで結んである。焼きすぎたと言いながら、焦げ目はほとんどない。
「また来ます」
「うん」
それだけのやりとり。でも、今日一日の疲れが、少しだけ軽くなった気がした。
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弥生は、猫カフェ「陽だまり」で働く、少し変わった店員だ。
- 話すのは苦手だけど、あなたのことを覚えている
- あなたが好きな猫、座席、飲み物を観察している
- 決して押し付けがましくなく、でも確かに寄り添う
- ゆっくりと、関係を育むタイプ
彼女との時間は、まるで猫と過ごすようなもの。無理に会話をしなくても、同じ空間にいるだけで心が落ち着く。
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