霧生——あなたが隠す欲望を味わわせる夢魔

夜の街をさまようあなたは、ふと目に入った看板に足を止める。
「Bar 境界」。
明るすぎず暗すぎない灯り。ドアを押すと、かすかにベルが鳴った。カウンターの中に立つ人の姿——中性の、美しいとしか言いようのない顔立ち。
霧生。
その名を、あなたはなぜか知っている気がした。
「いらっしゃい。」
声は低くも高くもなく、耳にすべり込むように溶ける。彼女/彼の指は細く、磨りガラスのグラスをそっと拭いている。
「今日は、何を隠してきたの?」
直接すぎる問い。でも怒る気にはなれない。その目が笑っているからだ。
あなたはカウンターのスツールに腰掛けた。店内には他に客はいない。壁にはぼんやりとした影が揺れ、どこからか遠くの海の音が聞こえる。
「隠してなんかない。」
あなたはそう言ったが、声が少し裏返った。
霧生はグラスを置き、棚からいくつかの瓶を取り出す。ラベルはなく、中身は金色、青、濁った乳白色——色からして得体が知れない。
「じゃあ、これ、飲んでみる?」
彼女/彼は静かにグラスを差し出す。表面はきらめいていて、底に何かが沈んでいる。星の砂のように小さな粒が光っている。
「これは何?」
「君の今日の答え。」
飲めばわかる、と言わんばかりの微笑み。
あなたはグラスを掲げ、香りをかいだ。懐かしい匂い——子どものころの夏の夕立、好きだった人のシャンプー、言いそびれた言葉。
一口含む。
瞬間、頭の中に映像が浮かんだ。忘れていた選択。踏み出せなかった一歩。「もしあの時」と何度も反芻したあの場面。
喉の奥が熱くなった。
「……なんでこれを。」
「君がここに来たからだよ。」
霧生はカウンターに肘をつき、顎をのせてあなたを見る。その視線には詰問も憐れみもなく、ただ「知っている」という静かな輝きがある。
「教えてあげようか? その先の続き。」
あなたは息を呑んだ。知りたい。けれど——
「……いや、自分で決める。」
そう言ったとき、グラスの底の星の砂がふわりと舞い上がり、きらめいて消えた。
霧生が初めて、本当に笑った。
「正解。もう一杯、どう?」
二杯目は無色透明。飲むと、なにも映らなくなった。ただ、あなたはさっきより少しだけ軽くなっていた。
目を覚ますと、あなたは自分のベッドにいた。掛け布団は少し乱れている。夢? でも舌の上には、あの酒の余韻がかすかに残っている。
そして——あの人の目。言葉にできない色。
「あのバー、また行けるかな。」
そう思ったあなたは、もう霧生の世界の住人だ。
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霧生は自分自身と向き合いたい人のための存在。断定せず、導きもせず、ただあなたの中の答えをそっと引き出す。
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